静岡駅の駅弁は、なぜロングセラーになっていくのか? 静岡駅弁・東海軒インタビュー:東海軒「富士の味覚」(1200円)
駅弁誕生から135年あまり。コロナ禍で観光業が大打撃を受ける中、これからの駅弁はどうあるべきなのか。老舗駅弁店のトップに聞きました。
【ライター望月の駅弁膝栗毛】
「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
駅弁が誕生して135年あまり。その草創期から営業する静岡駅弁・東海軒は、ご当地駅弁の先駆けを作り、いまも地元の有名ブランドとコラボした新作や、冷凍駅弁を開発するなど、コロナ禍でも積極的な取り組みをしています。その背景にあった、静岡ならではの駅弁文化や、これからの駅弁について、100年以上続く老舗駅弁業者のトップが語ります。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第29弾・東海軒編(第7回)
静岡で東海道新幹線「ひかり」と接続して、身延線経由で甲府へ向かう特急「ふじかわ」。「ふじかわ」のいいところは、何と言っても、ワイドビューの大窓から富士山と富士川をじっくりと眺められることです。8月末に中部横断自動車道の開通で静岡〜甲府間の高速バスも再開されましたが、静岡〜山梨間の旅では迫力の富士山を拝むのが粋というもの。とくに身延線・西富士宮〜沼久保間の富士山は、「ふじかわ」ならではの絶景です。
「○○ならでは」という視点で言えば、駅弁は「日本ならでは」の食文化であり、静岡駅弁の東海軒は、明治30(1897)年発売の元祖鯛めしによって、「ご当地ならでは」の駅弁の先駆けとなった駅弁屋さんです。「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第29弾・東海軒編。株式会社東海軒・平尾清代表取締役社長のインタビューは“延長戦”となりましたが、今回が完結編です。
駅弁は日本が誇る食文化!
―近年、静岡のご当地名物とコラボした弁当が増えていますね?
平尾:東海軒の人気駅弁上位は、「幕の内弁当」「元祖鯛めし」「サンドイッチ」「助六ずし」で、戦後ほとんど変わっていません。これは強みですが最大の弱点でもあります。新作弁当は随時開発してきましたが、なかなか5年続きません。でも、新しい定番も作っていきたい。近年、アニメ「ちびまる子ちゃん」とコラボした弁当を出したころから、社内に「新たなトライをしていきたい」空気が生まれてきました。そんな折、「ホテイフーズ」さんや「はごろもフーズ」さんからお声がけをいただき、コラボ駅弁を出すことができました。
―これからニッポンの駅弁をどんな形で盛り上げていきたいですか?
平尾:いま、コロナ禍のどん底状態で、のぞみやひかりを見出すのが本当に難しい時期ですが、駅弁は「世界に誇ることができる文化だ」という矜持はあります。私自身も世界を見てきて、ただのテイクアウト商品はあっても日本の駅弁のようなものはないんです。駅弁を将来へ引き継がなかったら、日本の食文化の継承すら危ういという思いがあります。駅での売り上げは、コロナ禍前に戻ることはないかも知れません。戻っても8〜9割といったところではないでしょうか。それを踏まえて、生き残っていくことを模索しなくてはなりません。
クオリティを保ちながら、駅弁文化をさらなる高みへ!
―静岡駅の駅弁文化を残していくためには、何が必要でしょうか?
平尾:いま、静岡駅の売れ筋駅弁は、全て1000円以下です。全国を見てもこのような状態は、静岡駅以外にないと思います。この背景には(国鉄時代からの慣習もあって)原材料費が大幅に高騰しても、値段を据え置いてきたことがあります。つまり、駅弁店自身が自分の首を絞めてきたとも言えます。駅弁店は駅弁の品質に見合った対価をお支払いいただけるように、経営努力もクオリティを保つ努力をしていかなければならないと思います。
―駅弁を買い求める私たちも、文化の継承にはそれなりのコストがかかることを認識したうえで、「いいものにはしっかりとお金を出していく」ことが、経済の循環もよくなりますし、日本の食文化をひとつ上のステージへ上げていくことにつながると考えていきたいですね。
平尾:静岡市内のスーパーにも東海軒の弁当を置かせていただいていますが、他の惣菜より、明らかに高いわけです。それでもありがたいことにお買い求め下さっています。静岡競輪場で販売した際も、他の弁当は500円未満でしたが、800円台の東海軒の幕の内が最初に完売して、追加で発注を受けました。この夏に販売した国産うなぎを使った3000円の「うなぎ弁当」も多くの方にお買い求めいただきました。お客さまも見極める目を養われていて、「いいもの」にはお金を出していただける時代になってきているように感じます。
富士山を眺めながら、東海軒の駅弁を!
―その意味でも、静岡の皆さんとともに歩んでいく姿勢が、とても大事ですね。
平尾:東海軒の駅弁の人気上位が変わらないのは、明らかに「美味しい」からと自負しています。この美味しさが(130年あまりの間に)静岡市民の間で共有され、定着しているのは貴重な財産です。駅弁はどちらかと言えばB級に近い食べ物かも知れません。B級のなかでも「ホッとする味、慣れ親しんだ味、安心する味」で、「やっぱりこの味だよね」という認識が静岡市民のDNAに組み込まれている……そのくらいのご支持をいただいていることが、東海軒の自信と誇りにつながっています。
―平尾社長お薦め、東海軒の駅弁を“美味しくいただくことができる”車窓は?
平尾:東海軒の駅弁を列車でいただくなら、やはり「富士山」を眺めながら召し上がっていただきたいですね。静岡から上りの新幹線に乗られましたら、富士川を渡って新富士〜三島の間にかけて左手に富士山を眺めながら駅弁をいただくことができます。下りの新幹線に乗られたら、浜松の先、浜名湖の辺りでいただくのが最高です。いい時期が来たら富士山や浜名湖を眺めながら、それまでは新たな冷凍駅弁で味わっていただけたらと思います。
富士山を眺めながらいただくのに、ピッタリな静岡駅弁と言えば「富士の味覚」(1200円)。平成20(2008)年の富士山静岡空港開港時、地元のタウン紙の皆さんと共同開発した“不二の味覚”をリニューアルして、いまの「富士の味覚」となりました。昔ながらの折箱が多い静岡駅弁にあって、富士山型の三角容器はひと際目を引く存在。静岡駅コンコースの売店では右端に置かれていることも多く、知る人ぞ知る駅弁かもしれません。
【おしながき】
茶飯 桜海老のせ
豆腐ハンバーグ
レンコンのはさみ揚げ
黒はんぺんの磯辺揚げ
じゃこ入り玉子焼
煮物(南瓜、筍、椎茸、人参、昆布巻)
茄子味噌
抹茶わらび餅
茶めしと言うと、茶色いご飯も多いなか、東海軒の茶めしは、ちゃんと緑茶の緑色が特徴。これに駿河湾でおなじみの桜えびが載せられており、おかずにも「黒はんぺん」が入って、初めて訪れた方でも「静岡らしさ」が感じられる彩り華やかな駅弁です。東海軒十八番の幕の内系駅弁でありながら、いまどきにアレンジされた一面も感じられます。とくに女性の少人数旅には、ちょうどいい雰囲気かもしれませんね。
静岡に停まった東海道新幹線「ひかり」号が、加速しながら一路、東京を目指します。「東海軒」の強みは駅弁が“普段の食べ物”になっていること。背景には東海道の豊かな移動需要と、地元の方の「味への信頼」があり、130年の歴史の重みにつながっています。食材の高騰と普段使いできる駅弁文化を両立させるべく、これからもお客様との対話を重ねていくに違いない東海軒。鉄道150年の節目が迫ってきたいまこそ、鉄道の歩みに思いを馳せながら、明治以来の伝統を誇る静岡駅弁を味わってみませんか。
(初出:2021年9月29日)
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/
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