そこまでやるか! 松江の老舗駅弁店が「米」にこだわる理由 松江駅弁・一文字家:松江「勾玉」(980円)
全国の駅弁店巡りで特に楽しいのは「お米」の話を伺うとき。今回は松江の老舗駅弁店一文字家にお米へのこだわりを聞きました。
【ライター望月の駅弁膝栗毛】
「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
全国の駅弁屋さんを巡っていて、最も楽しいのは米の話を伺うときです。駅弁屋さんごとに使っているコメの品種、産地も違えば、炊飯方法などもみんな違います。同じ幕の内でも、お店によってご飯の食感は全く違うもの。その違いに気付き、いい一面が見つけられると、美味しさの順位付けなどどうでもよくなり、「みんな違って、みんないい」だなぁの心境に。今回は、松江駅弁・一文字家の景山社長に、米へのこだわりを伺っています。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第30弾・一文字家編(第5回/全6回)
出雲市駅を発車して岡山を目指す特急「やくも」号。最初に渡る大きな川は、斐伊川です。斐伊川は、中国山地を源に北に流れて宍道湖にそそいでいる長さ約153kmの一級河川。上流はヤマタノオロチ伝説で知られ、古事記、出雲国風土記にも記述があると言います。「たたら製鉄」で必要な砂鉄を採取した影響もあって、川底が周囲の平野よりも高い、「天井川」となっているのも特徴です。
このたたら製鉄と出雲の食文化についてアツく語るのは、松江駅弁・一文字家の10代目、景山直観(かげやま・なおみ)代表社員。景山社長は、松江郷土料理研究会の会員で、「郷土の水と土と歴史を味わう」ことを第一義とし、駅弁作りにも、その考えを活かしています。そんな一文字家の弁当で使われる米は、島根・奥出雲の飯南町産コシヒカリ。なぜ、その米にたどり着いたのか、伺ってみました。
寒暖の差が大きい奥出雲で育まれる、上質の米!
―一文字家の駅弁をいただいていると、出雲の食文化への強いこだわりを感じますが、出雲、とくに奥出雲で食文化が発達した背景には何があるのでしょうか?
景山:奥出雲はたたら製鉄で栄えました。産業が興ると近隣からどんどん人が集まります。すると、ご飯を食べる場所ができて、酒を呑みたくなります。味噌汁も飲みたいとなって、味噌を作る文化も生まれていきました。出雲を流れる斐伊川の源流に当たる中国山地の山間ですが、寒暖差が激しい肥沃な土地ですから、美味しい米が獲れます。その代表が仁多米(にたまい)ですね。
―一文字家では、どんな米を使っているんですか?
景山:仁多米と言いたいところですが、価格がやや高いんです。駅弁として普段遣いするにはチョット……と感じていました。そこで注目したのがお隣・飯南町のコシヒカリです。実際にいただいてみたら、仁多米とほとんど変わらない味わいでした。仁多米の産地と同じ斐伊川水系で標高も同じくらいですから、一文字家の駅弁は全て、飯南町のコシヒカリを使用しています。町長さんも太鼓判のコシヒカリです。
その日に最適な「米の炊き方」を実現する職人技!
―米の炊き方のこだわりは?
景山:ご飯を炊く前に、担当者がまず水をひと口、口に含みます。その日の水の具合を、体で感じます。その上で、ちゃんと水温を測り、気温を記録して、温度管理を徹底します。とくに水温が低いと、火の加減、蒸らしの加減が変わってくるので、ここを丁寧にやらないと、米の芯が残ってしまいます。7キロ入った4升釜を使って、はじめチョロチョロ、中パッパで炊いていきます。
―これから冬の時期、水温が下がってきますよね。
景山:水温が低いときは、「初めからバーナーの火を上げるぞ!」と言って、思いっきりパッパさせることもあります。あと、釜のふたを少しずらしてちょっと空気を入れると、米の対流が激しくなって、より美味しく炊けます。ですので、ご飯の炊き方は「毎日変わり」ます。その辺りは職人の技ですね。炊飯の機械は使っていますが、作り手が肌で感じたものを反映できる部分を活かして炊いています。
「一文字家」の屋号は、京都由来!
―一文字家が、そこまで「米」にこだわる理由は何ですか?
景山:「一文字家」という看板を掲げているからです。茶道に通じた方ならご存知と思いますが、裏千家流では懐石料理で途中、ご飯が出ます。そのご飯の盛り方が「一文字(盛り)」と言います。その日いちばんのお客様に釜からすくって真一文字に盛り付けるやり方です。祖父からは、先祖が京から貰って来た名前だと聞いています。その看板に懸けてプライドを持ってご飯を炊いています。ここまでこだわってご飯を炊いている駅弁業者はない、その自負はあります!
コシヒカリの濃いめの味を堪能するなら、やっぱり、幕の内弁当の白いご飯がいちばんです。一文字家の幕の内は、出雲らしさを感じさせる「勾玉(まがたま)」(980円)という名前です。十字のゴム紐で留められている昔ながらの掛け紙には、奥出雲のヤマタノオロチ伝説にまつわるイラストとともに、詳しいエピソードが記されていて、駅弁をいただく際のいいお供になってくれます。
【おしながき】
- ご飯(島根県飯南町産コシヒカリ) しじみのしぐれ煮 梅干し ごま
- ますの塩焼き
- あご野焼き(かまぼこ)
- 玉子焼き
- 白魚の天ぷら
- 甘えびの素揚げ
- 島根牛の味噌煮
- 煮物(こんにゃく、人参、金針菜、ふき)
- 大根と人参の紅白なます
- オレンジ
折箱を開けて、盛りだくさんのおかずに、思わず感激しそうな「勾玉」。白いご飯の片隅に一文字家自慢のしじみのしぐれ煮が載り、三種の神器は、鱒の塩焼き、蒲鉾、玉子焼きと勢ぞろい。しかも、蒲鉾は松江らしい「あご野焼き」で、白魚、海老と宍道湖七珍を構成するおかずも登場。さらにみそ玉丼でおなじみの島根牛の味噌煮が入って、デザートのフルーツも入っているのに「980円」はおトク過ぎ! これは、ワクワクする幕の内です。
週末の昼下がり、斐伊川を渡って行くのは、全車グリーン車指定席の快速「あめつち」。平成30(2018)年7月から山陰本線の鳥取〜出雲市間で運行されている観光列車です。予約制で食べられる食事も魅力の1つで、出雲市発の上り列車では、一文字家が作る「山陰の酒と肴」(2100円)が提供されています。景色が美しいところでは徐行運転もあり、山陰をのんびり旅するには最高。タイミングが合えば、ぜひ予定に組み入れてみては?
(初出:2021年11月20日)
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/
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