ボクは、なぜボクなんだ? 「神のみ」作者が描く、異色の“哲学”マンガ「ねじの人々」:虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!第57回
今回は裏サンデーで連載中、若木民喜先生の「ねじの人々」を紹介します。
ねとらぼ読者のみなさん、こんにちは。虚構新聞の社主UKです。
フランスの画家・ゴーギャンの絵に「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」という題名の作品があります。ついどこかで使いたくなりそうなこのフレーズ、実際に小説やマンガで使われているのをしばしば目にするのですが、言い換えればこの「我々は何者か」という哲学的問いはそれだけ人を惹きつける根源的・魔術的な強さを備えている証でもあります。
「哲学なんか知っても1円の得にもならない」と言われながらも、「ソフィーの世界」やニーチェ関連本など「哲学書ブーム」が周期的に訪れるのもまた、「私って何だろう?」という疑問が一過性のものではなく、波のように引いては寄せ、寄せては引いていくリズムを持っていることの表れなのかもしれません。普段は意識しないけれど必ず自分に付いてまわる影、それを哲学と言い換えてもいいでしょう。
今回紹介するマンガは、そんな「私とは何か」という問いと真理のありかについて、西洋哲学を援用しながら向き合っていく作品、若木民喜先生の「ねじの人々」(〜1巻、以下続刊/小学館)です(Webサイト「裏サンデー」にて連載中)。
「ボクは、なぜボクなんだ?」からの出発
「週刊少年サンデー」の大ヒットラブコメ「神のみぞ知るセカイ」の作者としてご存じの方も多いであろう若木先生ですが、「その先生がどうして哲学をテーマに?」というのが本作を手に取ったきっかけでした。
主人公は高校生の根地大和(ねじ・やまと)、17歳。いつものように学校で授業を受けていたある日、彼は「根地大和」という自分の名前が持つ意味の不思議さについて考え出したことをきっかけに「心がもやもや」しはじめます。
「ボクは、なぜボクなんだ?」
「なぜボクはボクとして今ここに、こうして座ってるんだろう。なぜだ!?」
ふと浮かんだ疑問が連鎖し、臨界点を超えた瞬間、「ぬぉきん」という音と共に彼の頭に生えた“ねじ”。根地大和17歳がねじ人間=哲学人間になった瞬間でした。
ねじ人間として自分のことが知りたくなった大和の前に同じ学校のねじ人間・晴都ルネが現れます。ルネが大和に伝えるのは「あらゆることを疑ったとしてもその疑っている自己だけは真である」、すなわちデカルトの「我思う故に我あり」(「ルネ」という彼の名前からも想像はつくのですが)。
今巻ではルネ、そして同じねじ人間として登場する少女・万子(「まこ」と読みます! 読むんです!)と大和が交わす対話や、女子更衣室のパンツ泥棒話など、個々のエピソードを通じて、カント、プラトン、ハイデガーの哲学が紹介されていきます。
作者が「神のみ」連載中に出会ったもの
さて、もしここまで読んで「おっ、あの小難しい哲学の勉強がマンガで楽しみながらできるのか!」と思って本作を手に取ろうとするなら、その期待には添えない内容かもしれません。今回社主が本作を紹介しようと思ったのは、そんなお勉強としての側面からではなく、それまでの流れとは打って変わり、とてもユニークな展開を見せた第6話「続・客体的真理と主体的真理」を読んだからでした。
「たくさんの人が真理であるとした答えは絶対的な真理であると言えるのか」という問いについて考えるこの第6話。大和と対話するのは他の誰でもない作者・若木先生本人です。
この話の中で先生はそこそこ売れた自作「聖結晶アルバトロス」(全5巻)と非常に売れた「神のみぞ知るセカイ」(全26巻)を引き合いに出しながら、大和に対し「売れたマンガ=偉大なマンガだろうか」と問いかけます。それはつまり「多数決が絶対的に正しいか」ということ。
「根地大和」という自分の分身との対話を通じ、作中の先生は多くの人が正しいと言うことが真理とは限らないが、真理をつかむ瞬間は存在すると言います。そして例として、「神のみ」連載中「自分の気持ちもキャラクターの気持ちも読者の気持ちも全部わかった」「あの瞬間、ボクはマンガの神様に会った」と語るのです。うむ、よく分からん現象だ。
しかし冒頭に書いた「どうして哲学をテーマに?」という社主の疑問は、どうやらこの「マンガの神様」という名で書かれた真理の一端に触れた感覚を読者に伝えるため、というのがその答えのようです。
なぜ哲学書にはヘンな用語が多いのか
とは言え、自分だけが瞬間的に感じた「真理に触れた感覚」を、いったいどうやって読者に伝えることができるのか。作者の言葉を「単なる電波じゃないか」と疑ってかかる大和に対して「お前も体験したらわかる。」「もう一度体験したいよ〜!」としか言えないところに、言葉にできないものを言葉で伝えるしかできないまどろっこしさが表れています。
けれど社主が思うに、哲学書に「ドクサ」だとか「世界内存在」だとか見慣れない用語が次々表れるのは、世の中にそれに対応する言葉が存在しなかったから新しく作らざるを得なかったということでもあるのです。なので、若木先生が「マンガの神様」という言葉で呼んでいる個人的感覚は、いずれ作中で我々にも分かりやすい表現で示してくれるのではないかと期待しています。この連載はリアルタイムでその表現を模索していく過程でもあるのです。
「お前がそう思うんならそうなんだろう」的相対主義を乗り越える真実――まさに神のみぞ知る世界――にマンガという表現からどこまで迫れるのか。西洋哲学のエッセンスを紹介しながらも「マンガで分かる哲学入門」ではなく、私的体験を公的体験に昇華させようと試みている点において本作は紛れもない「哲学マンガ」です。
ストーリーと言えるほどのストーリーがないことが特徴の本作は、言い換えれば何をやっても許される超展開マンガとも言えます。予測不可能に満ちているだけに今後が非常に楽しみな、そしてまた足元の影や頭のねじが気になって仕方ない人にはぜひ読んでほしい一作でもあります。
今回も最後までお読みくださりありがとうございました(頭のねじを締めながら)。
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