神戸の名物駅弁「肉めし」のネーミングに隠された食文化とは?
神戸と言えば、神戸牛っ先に思い出す食べ物は「牛肉」。そんな神戸名物の牛肉をいち早く駅弁化したのが淡路屋さんです。牛めしではなく「肉めし」、その理由は……?
![神戸駅弁淡路屋の肉めし](https://image.itmedia.co.jp/nl/articles/2202/11/ekiben_kobebeef-nikumeshi-000.jpg)
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【ライター望月の駅弁膝栗毛】
「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
神戸と言えば、真っ先に思い出す食べ物は「牛肉」ですね。神戸を旅すると、三宮界隈のステーキ屋さんでステーキをいただいたり、洋食屋さんでビフカツをいただいた経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。そんな神戸名物の牛肉をいち早く駅弁化した淡路屋。名物駅弁「肉めし」誕生の裏側には何があったのか? そして、「肉めし」という名前に隠されたご当地の食文化についても、淡路屋の寺本社長に訊きました。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第31弾・淡路屋編(第3回/全7回)
東海道本線と山陽本線の境界駅・神戸から1駅、兵庫駅から分岐する1駅だけの支線、通称「和田岬線」。朝夕の通勤時間帯だけ列車が走る路線として知られています。いま、活躍するのは国鉄時代から大都市の通勤輸送を担ってきたスカイブルーの103系電車。かつて、京阪神緩行線(JR京都線・神戸線普通列車)で活躍した名残を感じさせます。朝と夕方、多くの通勤客を乗せ、神戸のまちに昭和の懐かしいモーター音を響かせます。
神戸を拠点に駅弁を手掛けるのが株式会社淡路屋。5代目の寺本督代表取締役が、紹介して下さっているのが、神戸の名物駅弁「肉めし」の初代掛け紙に使われたという、日展会員で美術家の古賀忠雄さん(故人)に彫っていただいたブロンズ像です。かつて、福知山線沿線で、鉄道の構内営業を手掛けていた淡路屋が、神戸へやってきたきっかけ、名物駅弁「肉めし」が生まれた背景を、寺本社長に伺いました。
淡路屋が神戸に移った理由
―淡路屋は昭和20(1945)年、福知山線の生瀬から、いまの神戸へ移ったそうですね。
寺本:昭和20(1945)年、混乱のなかで鉄道は運行されていたものの、都市部を中心に戦災の影響で事業継続が難しくなる駅弁業者も増えてきました。そのなかで淡路屋は、鉄道省から福知山または神戸への移転を打診され、神戸へ移転することになりました。一方で、福知山へは、山陰本線の園部に出した支店の寺本家が移って、「福知山駅弁」になり、2000年代初頭まで続きました。
―神戸の構内営業は、どんな状況だったのでしょうか?
寺本:神戸は3回にわたり大空襲を受けました。神戸駅弁を手掛けていた「みかど和食部」は、お店も焼け、経営者一族の皆さんが亡くなってしまったと言います。私も子どものころ、お店をやっていた松尾家のお墓参りに伺ったことがあります。神戸駅前には日本食堂(後にJR各社で分割継承)の一部になった構内食堂「みかど」の本社があり、「みかど和食部」はおそらく、ここから古い時代にのれん分けされたお店だったのではないかと推測されます。
神戸駅前で再スタートを切った、戦後の淡路屋
―いまは魚崎ですが、そのころは神戸駅近くのどの辺りに本社があったんですか?
寺本:神戸駅の北口前にありました。いまは、区画整理によって、バスターミナルや駅前広場となっている辺りです。私は昭和40年代以降の神戸駅をずっと見てきましたが、神戸のまちの中心部が三宮に移ってしまい、神戸駅前は少し寂しい状況が続いています。戦災で神戸駅周辺はあまり焼けませんでした。しかし、三宮は焦土となり、闇市が建ち並んで、ゼロから復興が行われ、かえっていまのような賑わいになったのではないかと思われます。
―そのなかで昭和40(1965)年5月に、いまも続く「肉めし」を発売しました。この駅弁が生まれた背景を教えてください。
寺本:神戸に移って、生瀬時代の名物「鮎寿し」が売れなくなり、売れ筋の駅弁が幕の内弁当しかない状況が続いていました。そんな折、国鉄の働き掛けもあり、全国の駅弁店でご当地名物を使った弁当が作られるようになりました。横浜駅弁・シウマイ弁当や横川駅弁・峠の釜めしが出たころです。神戸駅でも有名な神戸ビーフにちなんだ駅弁を開発することになりました。当時、牛肉駅弁は松阪駅弁が始めたくらいで希少な存在だったんです。
関西では「肉=牛肉」! それが「肉めし」、「豚まん」と呼ぶ理由
―なぜ、「肉めし」というネーミングで、「牛めし」ではないんですか?
寺本:関西では「肉=牛肉」です。1980年代に東京から大手チェーンが入ってくるまで、関西に牛丼という言葉はありませんでした。「肉丼」なんです。関東の肉まんのことを、関西で「豚まん」と呼ぶのも、これが理由です。淡路屋の駅弁も「肉めし」であって「牛めし」ではありません。もしも、神戸で「肉めし」と名乗りながら豚肉を使おうものなら、大問題に発展してしまうと思います。それが1つの食文化なんでしょうね。
【おしながき】
- バレンシアライス
- 国産黒毛和牛のローストビーフ風
- 錦糸玉子
- アスパラガスのごま和え
- くるみ甘煮
- パイナップルシロップ漬け
- さくらんぼシロップ漬け
昭和40(1965)年5月の発売以来、55年以上続く神戸のロングセラー駅弁「肉めし」(1100円)。令和3(2021)年1月からリニューアルされ、見た目は大きく変わりませんが、素材や製法、全体のバランスを改めて吟味したと言います。合わせて、神戸ビーフを使用した上級バージョンの姉妹品「神戸ビーフ肉めし」(1600円)も登場。今年(2021年)は、「肉めし」の歴史上、1つの節目の年となりました。
淡路屋オリジナルの調味料で食欲をそそるカレー風味に味付けされたバレンシアライス。その上に錦糸玉子を敷き詰め、ローストビーフ風にじっくりと焼き上げられた、いいサシの牛肉が1枚ずつ並べられていきます。合わせて、アスパラガスの胡麻和え、くるみの甘煮、いまとなっては懐かしさを憶えるパイナップルとチェリーが詰められ、名物「肉めし」の完成。昭和のいい時代の空気感を残しながら、中身は令和版にしっかり進化しています。
肉めしに使われる国産黒毛和牛のもも肉は、ブロックで仕入れてオリジナルのたれに漬け込んで真空パック、うま味をギュッと閉じ込めます。たれが沁みわたったところで、90℃に加熱して低温調理し、ローストビーフ風に仕上げ冷凍保存。その後は、需要に応じながら、バレンシアライスの上で、たっぷり香ばしいたれを塗られて、各売店へ飛び出していきます。この技を50年以上前に編み出し、大事に育ててきたのは、本当に素晴らしいと思います。
リニューアルされた「肉めし」を改めていただきましたが、肉がよりウェットな食感になって、うま味がいままで以上に感じられるようになった印象を受けました。関西では「肉=牛肉」という予備知識を持ったうえで、「肉めし」と書かれた掛け紙を眺めながらいただいていくと、何気ない駅弁の名前にも、しっかり地元の食文化が隠れていることを実感できます。箸を進めながら文化が感じられれば、駅弁はもっと美味しく感じられるのです。
朝の神戸のまちを姫路からの通勤特急「らくラクはりま」が駆け抜けて行きます。「肉めし」が登場した昭和の中頃は、103系電車のような詰め込みが効く電車での通勤が当たり前でした。でも、いまは在宅での仕事と並行しながら、出勤する日は少しお金をプラスして、ゆとりのある通勤も選べる時代へと変わってきました。時代に合わせて進化していく鉄道と駅弁。次回は、駅弁業界に画期的な変化をもたらしたあの駅弁に注目します。
(初出:2021年12月10日)
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/
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