このサッカーマンガ、ロックすぎる……ゴツボ×リュウジ先生は社主にとってセカンドインパクトでした:虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!第16回
「ササメケ」「ササナキ」「あしがる」――今回はゴツボ×リュウジ先生のサッカーマンガの魅力を語ります。
ねとらぼ読者のみなさん、こんにちは。虚構新聞の社主UKです。
いきなりですが、今回はまず、みなさんご存じのアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の思い出話を少し。
20世紀末に大ブームを巻き起こしたこのアニメ、ねとらぼ読者のみなさんの多くもご覧になったことだと思います。社主も御多分に漏れずこのブームに巻き込まれた世代ですが、社主が住む滋賀県で正式に放送されたのは、劇場版が公開されることが決まった1996年の年末でした。それまでは大阪でテレビ放送されたものを録画したVHSビデオのダビングのダビングが、校内の一部のアニメ好きの間で流通するという、何だかいかがわしいルートでしか見ることができなかったのですが、社主も何かのはずみで友人から「これ、面白いよ」と、そっと手渡されました。
それまでアニメと言えば「ドラゴンボール」でしかなかった社主にとって、エヴァのショックは人生におけるファーストインパクトと言っていいほどのもので、その後手に入れたダビングのダビングのダビングをテープが擦り切れるまで延々と見続けたものでした。この作品がきっかけでアニメにはまり、マンガにはまり、さらにはフィギュアにはまり……、とサブカルの深みにはまった人も多いのではないかと思います。社主の場合も、このエヴァ体験が巡り巡って、今この場での連載につながっているのかもしれません。
翌97年夏に公開された「新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に」で描かれた物語の結末は当時多くのファンを戸惑わせたものの、まもなく彼らは次のアニメを求め、エヴァの元を去っていきました。けれども社主は世紀末という何とも陰鬱(いんうつ)とした当時の雰囲気もあいまってエヴァから抜け出すことができず、ほかのアニメに流れることなく、ひどい画質のダビングのダビングのダビングと、後に買った劇場版をいつまでも見続けていました。あきれられるかもしれませんが、それは21世紀になってもなお続いたのです。まさに「エヴァの呪縛」。庵野秀明監督は罪なお方です。
もしあのまま延々とエヴァを見続けていたなら、シンジ君のようにずっと自分の殻に閉じこもったままだったかもしれません。きっと本紙「虚構新聞」も生まれなかったでしょう。そんな社主がエヴァから抜け出し、前を向くきっかけになった作品の1つこそ、今回紹介するマンガ「ササメケ」(ゴツボ×リュウジ/全5巻)なのです。
「ササメケ」は2001年「月刊少年エース」にて連載を開始。「脱力系サッカー風味青春グラフィティ」を名乗る本作はまさに21世紀の開幕を告げるにふさわしい作品でした。昨年完結したマンガ版「エヴァ」と「ササメケ」が当時同じ「少年エース」に併載されていたというのも今にして思えば興味深い偶然です。
社主が本作「ササメケ」を手に取ったきっかけは、そのスタイリッシュな表紙デザインだったと記憶しています。まだこれからマンガ読みになろうかという時だったので、作者もストーリーも何も知らない「ジャケ買い」でしかありませんでした。しかしこの偶然の出会いは、必然だったのではないか――。今はそう思っています。
当時の社主にとって、エヴァの呪縛を吹き飛ばすセカンドインパクトであった「ササメケ」の何が衝撃的だったのかと言えば、それはまるで最新のロックミュージックに触れた時のような切れ味鋭いカッコよさ、そして作中さまざまな場面に散りばめられた、ついついクスッとしてしまう茶目っ気。ロックとポップが融合した本作は、アニメで言うなら「フリクリ」や「キルラキル」の系譜上に位置する存在と言えるでしょう。
「さすがに持ち上げすぎてないか」という声も聞こえてきそうですが、読者層の変化に合わせた連載の入替・移籍などが当たり前のマンガ雑誌の世界で、初連載「ササメケ」から現在連載中の「あしがる」まで10年以上にわたり、ほぼ欠かすことなく「少年エース」に腰を据えて作品を発表し続けていることからも、ゴツボ先生のセンスのブレなさと実力は十分に担保されています。社主の思い入れの強さだけでなく、この事実からもそのすごさが分かってもらえるのではないでしょうか。
先が読めないロックさが魅力
記念すべき初連載作「ササメケ」。イタリアに留学していた主人公・長浜楽市(ながはま・らくいち)は地元の滋賀に帰り、県立竹生島高校に入学。楽市は生来のわがままな性格と勝利至上主義のサッカーが嫌になって帰国したにもかかわらず、弱小サッカー部に半ば強制的に入部させられるところから物語は始まります。
ゆるい高校生活を送ろうと思っていた楽市を待ち受けていたのは、幼なじみの河瀬稲枝(かわせ・いなえ)、楽市のいとこでサッカー知識全くゼロの顧問・奥びわ子、学業・家柄など全てにおいて完璧な安土桃山(あづち・とうざん)、全国クラスの実力を持つサッカーの天才ながら変人の曳山まつり、怪文書まがいの校内新聞をばらまく美しき奇人・近江舞子、ど変態の美形・米原乗継(まいばら・のりつぐ)など、個性に個性の輪をかけた人物ばかり。
チームプレーを要(かなめ)とするサッカーにおいて、こんな無茶苦茶なメンバーで果たして試合が成り立つのかと不安になる人もいるでしょう。ご安心ください。成り立ちません。冒頭を読み直してみてほしいのですが、本作はサッカーマンガではなく「脱力系サッカー風味青春グラフィティ」なのです。
第1巻に登場する強豪・草津左高校との練習試合でさえ、当初は「おおっ」と思わせるサッカーらしさを垣間見るものの、試合終盤、楽市がセンタリングを上げようとしたところ、まつりがグラウンドに埋葬していた鶏のピーコの墓に落ちてケガで退場。主人公であるにもかかわらず、試合終了のホイッスルを保健室で迎えるという顛末です。
マンガ読みを続けていると「最初はこうやってかみ合わないメンバーも次第にかみ合ってきて、どうせ最後は感動の全国優勝だろ?」と、ちゃんと中身を読みもせず、うがった見方をしてしまうものですが、そういう人にこそ本作を読んでいただきたい。当時リアルタイムで読んでいた社主は毎巻発売されるたび、「えー!」「なんじゃそりゃ!」の連続でした。「ササメケ」はそれほど先が読めない作品なのです。だって、ゴツボ先生自身いつも「この先どうなるか分かりません」と書いておられるのだから。こういうノーフューチャー、勢いと即興性も本作をロックたらしめているところです。
続編はサッカーになぜか忍者要素が加わる
さて、連載開始時には読者も作者も予想しなかったまさかの結末を迎えた「ササメケ」ですが、その3カ月後、続編「ササナキ」として竹生島高校のメンバーが帰ってきました。そして「ササナキ」は前作「ササメケ」以上にサッカーマンガではありませんでした。もし「ササナキ」第1巻をお持ちなら、パラパラとめくってみてください。サッカーシーンは2ページしかありません。代わりに目に飛び込んでくるのは戦闘シーンと生徒会選挙。もはや何のマンガなのかさっぱりです。
「ササメケ」の翌年を描いた「ササナキ」での大きな変化は、新1年生で甲賀忍者の末裔(まつえい)・甲賀忍と笹路煙巻(そそろ・けむまき)の加入。第2巻以降再び脱力サッカー展開に復帰すると、試合に忍法の要素が盛り込まれ、サッカーはさらにあさっての方向へと向かっていきます。たまに少しまじめにサッカーを語るかと思いきや、すぐにそれをひっくり返す異次元展開で、読者をあざ笑うかのように翻弄(ほんろう)するゴツボサッカー。いま読み返しても十分おもしろいですが、「ササメケ」同様、ライブ感覚で読むのが最も楽しい読み方でした。本連載があともう少し、具体的にはあと10年ほど早く始まっていれば、と思うと残念でなりません。
竹生島高校サッカー部が再び帰ってきた
「ササナキ」終了後、ゴツボ先生はサッカーから離れたものの、妖怪マンガ「もののけもの」(全4巻)、アニメ部マンガ「アニコイ」(全8巻)と、引き続き「少年エース」で作品を連載されました。そして「アニコイ」終了の翌2013年、あの竹生島高校サッカー部が再び帰ってきたのです!
現在連載中の「あしがる」(〜2巻、以下続刊)の舞台は「ササメケ」から約10年後の竹生島高校。主人公は入学したばかりの1年生、南船木園(みなみふなき・その)と祇園青名(ぎおん・あおな)。そしてこれまでのシリーズとの最大の違いは、竹生島高校にこの2人を中心とした女子サッカー同好会が誕生したということ。
人並み外れた身体能力を持ちながら、男の子からチヤホヤされたいという邪(よこしま)な動機でサッカーを始める園と、「それぞれ男女日本代表になって一緒にサッカーW杯に行こう」という、かつて幼なじみと交わした約束を果たすためサッカーを続けてきた青名。主にこの2人の恋愛成就を目標に立ち上がった竹生島高校女子サッカー同好会の行く末はいかに……!
……というところまでが、先月発売された「あしがる」2巻の段階でのあらすじなのですが、「ササナキ」以降のブランクをものともしない、まさに「ゴツボサッカーここにあり」という仕上がり具合で、作者すら予想できない今後の展開が楽しみで仕方ありません。予想できなさすぎて、もうぶっちゃけ、本作の最終回はすべておっさんの妄想世界だったという夢オチでも構わないくらいです(「ササメケ」第5巻参照)。
書いているうちに作品への思い入れとエンドルフィンのストップが効かなくなり、どんどんテンションが高まってしまうことでおなじみの本連載ですが、ひとまず落ち着いて「ササメケ」から「あしがる」にいたるまでのゴツボ×リュウジ先生の軌跡を考えると、さまざまな点で時代を先取りしていたと言うほかありません。
まず特筆すべきはその古びない画風です。今「ササメケ」を読み直してみても、その絵に全く古臭さを感じさせません。連載当初にあった緊張感が抜けたことによる簡略化は見られるものの、現在の「あしがる」に至るまで画風にほとんどブレがないのも大きな特徴です。
また、滋賀県という地方性を大きく前面に押し出していたのも当時としては本当に画期的でした。今でこそ、滋賀県にはひこにゃんや「けいおん!」の聖地・豊郷小学校、ピエリ守山など全国に誇れるものがさまざまありますが、「ササメケ」連載当時、これらは何ひとつとして存在していなかったのです。そんな時代において、滋賀県湖北地方という舞台だけでなく、長浜楽市、安土桃山、米原乗継という人名、コマの隅々にちりばめられた滋賀県民にしか通じないローカルネタが、ゴツボ先生のカッコいい画風で描かれたのを見て、全国に向けて堂々と滋賀を発信するその勇気に感動したものでした。
地方から都会に出てきた人の多くは、上京間もないころ、自分の出身が冷やかされるのではないか、という不安を抱いた経験があるはずです。社主も学生時代、自分が滋賀出身であることがネタにされるのではないかと思い、できるだけその話題を避けていました。それゆえ社主と同郷、しかもおそらく同い年であるゴツボ先生が「ササメケ」を通じて、滋賀をポジティブに表現されているのを見たときはまさに目からウロコが落ちる思いでした。
ちなみに本紙「虚構新聞」もこの精神に大きな影響を受けました。本紙では2004年の開設当初から滋賀県を舞台にした虚構記事を多くお届けしていますが、同年8月に掲載した初期の名作「なるとの水揚げが最盛期 滋賀・大津港」も、「ササメケ」に出会っていなければ、決して滋賀・大津港を舞台にはしなかったことでしょう。
やっと時代が追いついた
「時代を先取りしていた」ということは、言い換えれば「やっと時代が追いついた」ということでもあります。つまり「ササメケ」に始まる一連のシリーズは今こそ広く読まれるべきマンガだと思うのです。そして今進行中の「あしがる」を通じ、ゴツボ先生の奏でるロックな展開をライブで体験してみませんか。
来月から消費税が上がるとか、どこぞの国で戦争が起きそうだとか、未来を考えると、どうにもどんより陰鬱とした感じが拭えないですが、そういう気分の時こそ本作を読んでみるといいと思います。読み終えた後、きっと何とも言えない脱力感とともに「うん、何かいろいろどうでもいい気がしてきた!」という開き直りにも似た気分になれることでしょう。だって、この世界のストーリーなんて、その作者にすら分からないのだから。そんなことよりサッカーしようぜ!
今回も最後までお読みくださりありがとうございました。
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虚構新聞の社主UKが知られざるパーソナリティを(思わず)吐露しつつ、大好きなマンガを語りまくります。
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