大阪から下関まで!? 瀬戸内の交通の食を手掛けていた「浜吉」の伝説とは:広島「浮城弁当」(1100円)
広島・三原の老舗駅弁店「浜吉」。山陽鉄道草創期の知られざる伝説とは……。











【ライター望月の駅弁膝栗毛】
「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
駅弁屋さんには、鉄道開業時に鉄道用地を提供したり、工事関係者の宿泊場所となった地元名士が経営する旅館をルーツとするお店が多いもの。現在も、広島・三原を拠点に駅弁を手掛けている「浜吉」もその1つです。「浜吉」は鉄道構内営業参入後も、さらに事業を拡大して、鉄道のみならず海上交通の「食」も手掛けていきました。そんな山陽鉄道草創期の「浜吉」のさまざまな伝説を、そのトップの方に伺いました。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第35弾・浜吉編(第2回/全6回)
昭和のころ、東海道・山陽本線で、夜行列車の先頭に立っていた青と白の電気機関車。いまは臨時列車や事業用列車のけん引役として、ときどき顔を見せてくれます。山陽本線・糸崎駅には古くから機関区が置かれ、昭和40年代前半、このタイプの車両が登場する前まで、大型の蒸気機関車が多く所属して、呉線などで活躍していました。いまも糸崎は、岡山の黄色い普通列車と、広島からの赤い普通列車の乗り換え駅になっています。
ちょうど130年前、明治25(1892)年7月の糸崎駅開業前後から、駅弁をはじめとした、鉄道構内営業に携わり、いまも糸崎駅前に本社・工場を構えるのが、「株式会社浜吉(はまきち)」です。屋号は初代社長の濱中吉造(はまなか・きちぞう)に由来しています。以来、吉助・秀松・珍彦(うずひこ)・弌彦(かずひこ)と5代に渡って受け継がれ、いまは先代のお嬢さんと結婚された赤枝俊郎代表取締役が、6代目の社長を務めています。

尾道の鉄道開業を支えた「濱中家」
―濱中家は、もともとどんなことをされていたんですか?
赤枝:濱中家は、明治の初めごろから尾道の海岸通りで、「濱吉楼」という旅館をやっていました。初代総理大臣の伊藤博文さんも泊まったことがあると聞いています。この宿に山陽鉄道(当時)の工事に当たる人たちが宿泊していました。尾道のまちに鉄道を通す際は大きな反対があったそうですが、地域の皆さんを説得した功績や建設工事への協力が認められて、鉄道構内営業に参入することが認められました。
―尾道開業から約半年、三原(現在の糸崎)まで開業したことで、糸崎へと進出していくきっかけになったかと思われますが、山陽鉄道はその後も西へ延伸されていきましたね?
赤枝:諸説ありますが、私が先代から伝え聞いているのは、山陽鉄道の開業前、および草創期は、まだ、岡山の旭橋辺りから瀬戸内海を経由して下関・門司までの汽船が運航されていて、この船内食堂を「浜吉」が手掛けていたということです。また、当時の濱中家は、大阪にも拠点を持っていて、“大阪のホテル王”と呼ばれた人物もいたと言います。
かつての下関駅弁当のルーツにもなった「浜吉」!
―山陽鉄道は、明治34(1901)年に、いまの下関まで全通しました。すると、瀬戸内海の蒸気船もお役御免となるわけですよね?
赤枝:山陽鉄道が下関まで通った際は、その蒸気船のスタッフが、下関で「浜吉弁当部」として駅弁を手掛けるようになりました。下関支店があった時代の掛け紙も、複製ですが、弊社にあります。じつは、戦時統合でできた「下関駅弁当」(平成に入って小郡駅弁当に統合され、駅弁製造は終了)は、このときの「浜吉弁当部」がルーツなんです。ずいぶん昔、下関に伺ったら「昔、浜吉に勤めていたんですよ!」という人がいらっしゃいました。
―「浜吉」は、瀬戸内の“水陸”の交通の食を手掛けていたんですね。
赤枝:私より前の濱中家の人間は、会社のオーナーのような存在だったかなと思います。車の草創期に広島県内でT型フォードを持っていたのは、広島県庁と濱中家だけだったという時代もあったそうです。また、「浜吉」の社屋は昭和30年代、新しい国道2号(現・国道185号)が通ることになって社屋が2つに分割されたんですが、社屋ごとに女中さんがいて、駅に近い方が下女中、国道の上が上女中と呼ばれていたと言います。
日本料理店での修業が活きた「浮城弁当」
―赤枝社長は濱中家のお嬢さんと結婚され、昭和50年代に糸崎にいらしたんですね?
赤枝:東京の日本料理店グループに勤めていたころ、見合いの話をいただきました。相手の女性が何と、三原の駅弁を手掛ける濱中家の娘さんと聞いてびっくりしました。当初は、東京で生計を立てていましたので、結果的に「駅弁」作りを手掛けることになるとは、私も思いもよりませんでした。でも、旅と食べ物が好きで食べ物に関わる仕事をしてきたことが、いまの仕事に導いてくれたのかなと思います。
―昭和50年代といいますと、ちょうど山陽新幹線が開業したころですね。
赤枝:私が糸崎に来て最初に手掛けたのは「幕の内弁当」の改革です。それまで折箱は薄くてペチャンコのものでした。それを普通の折よりも1.5cm深い経木の折に切り替えて、上品な松花堂風に仕上げた「浮城弁当」という名前で売り出しました。この深さがあると、料理が立って入るんです。おかずを立ててぎっしり入れると、折を傾げても料理が型崩れしにくくなります。これは日本料理店で修業した成果ですね。
―「浮城弁当」は、いまや定番の幕の内になりましたね?
赤枝:見た目はコンパクトですが、深さがある分、じつはボリュームがあって満足度は高い。手に取るとズシリとくるはずです。あの細長い折は、昔の新幹線の車内販売で使われていたアルミ製のワゴンに合わせて開発したものなんです。ワゴンのサイズを測って最大公約数を出し、最も多く弁当を積み込めるようにしました。いまも、(都市対抗野球などに)地元企業の野球部の応援が出る際などは、「浮城弁当」をご用命いただいています。
【おしながき】
- 白飯(広島県産「恋の予感」) 梅干し
- 焼き鮭
- 蒲鉾
- 玉子焼き
- 海老天
- 鶏の唐揚げ
- 魚の練り物
- ハム
- 煮物(椎茸、筍)
- 酢蓮根
- 小女子
- 香の物
満潮時に城の姿が海に浮かぶように見えたことから、別名「浮城(うきしろ)」と呼ばれた三原城にちなんだ「浮城弁当」(1100円)。独特の細長くて深い経木の折に、白いご飯とたっぷりのおかずが、ぎっしり詰まっています。とくに広島県産米「恋の予感」を使っている白いご飯が美味しく、たっぷりのおかずもどんどん箸が進みます。焼き鮭・蒲鉾・玉子焼きの“三種の神器”もしっかり入って、とても満足度の高い幕の内に仕上がっています。
いまは、スマートなステンレスの電車が発着する山陽本線・糸崎駅。半世紀あまり前は、煙をもくもくと上げる蒸気機関車がたくさん集っていました。そんな糸崎機関区の片隅に積まれていた石炭の山に登って遊んでいたこともあったという、おおらかな時代の思い出とともに駅弁を手掛けてきた濱中家の皆さん。次回は糸崎、三原の駅弁がよく売れた理由を、探ってまいります。
(初出:2022年6月22日)
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/
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